こんばんわ、pekicoです。
私はHSPです。
HSPとはハイリーセンシティブパーソンで「敏感で繊細な人」という意味です。
私のHSPの診断結果はこちらをご覧ください↓↓↓
HSPと気づいてから分かったあの感情
私がHSPと気づいたのは1年半前くらい。
それまでも生きづらさを感じていつつも、その原因はわかりませんでした。
人とコミュニケーション取ることも上手くないし、人と感性や感覚が違うし。
いろんなことが気になってしょうがない、でも周りの人は気になっていない。
まるで自分が異世界に生まれてきたように感じて生きてきました。
それがHSPと気づいてから一気に生きづらい謎が解けたんですよね。
それでも生きづらさはまだまだ消えませんけど、でもHSPと気づいただけでも大きな進歩でした。
今回はHSPと気づいてからわかったある感情の話をします。
「こんな〇〇は嫌いだ」
HSPと気づいてからはHSPではない人を良く観察するようにしたんです。
それでアッとわかったことがあったんです。
それは
嫌いなものは嫌いと言っていい
ということ。
HSPは苦手な物はあっても、嫌いという感情は感じにくいと思います。
でもHSPじゃない人って感じたものをそのまま「好きな物」と「嫌いな物」と区分けして、それをはっきり意思表示してるんですよね。
その「嫌い物をそのまま嫌いと言っていい」というのはかなり衝撃の事実でした。
よくHSPの診断テストで「カフェインに敏感だからコーヒーが飲めない」とありますが、私もコーヒーはかなり苦手…。
知り合いの家に遊びに行ったときにコーヒーを出されたときは「コーヒーが嫌いなので飲めない」と断りずらくて、我慢して飲んだこともありました…。
その時は気を使って飲んだもののその後に後悔をしたので、やっぱりきちんと「嫌いなものは嫌い」とはっきり言うことは大事だと思ったんですよね、自分のために。
何で嫌いって言えなかったの?
HSPである私が少しでも生きやすくなるためには「嫌いなものは嫌いだ」とはっきり言う必要があると思ったんです。
でも、その前になぜ嫌いだと言えないのか、その理由を考えました。
その理由は
自己肯定感が低いので、他の物を嫌いだと査定するなんて恐れ多い
と感じていることだと思いました。
私の低い価値観で「これ嫌い」というなんておこがましいって思ったんですよね。
だから「嫌い」というのも避けてきたんですけど、嫌いな物を受け入れざるを得なくなって、結果的に自分の人生を苦しませてるだけって気づいたんですよね。
「嫌い」というのは勇気がいるけど、でもきちんと「それ嫌い」ということは自分の身を守ることにつながると思います。
HSPが「嫌い」っていうのって本当に勇気がいるけど…。
嫌いって言いだしてから分かったこと、変わったことは?
嫌いと意思表示するようになってから分かったことは
- 意外と他の人はそれを受け入れてくれるという
- 他の人も同じものが嫌いだったりする
- 嫌いと言っても私の評価は落ちない
- 嫌いと言っても悪い状況にはならない
- 嫌いといっても罪悪感を感じないようになった
などなど。
変わったことは
- 自分今なんと感じているかが自分で感じ取れるようになった
- 好きと嫌いの明確な区別が付けられるようになった
- 自分ファーストになった
- 嫌いと言えるメンタルができた
などなどです。
そんなに「嫌い」を連発しているわけじゃないですが、自分が「これは好きか嫌いか」という問いかけを自分自身にしておくだけでも、自分が今何を考えてるかというのを感じ取れるので、自分ファーストになれて、少し生きづらさが解消されるんですよね。
本当に「嫌い」と考えるのは大事だなと感じています。
最後に
「嫌い」という感情があるから「好き」という感情が活かされている感じがします。
HSPだって生きやすくなるため工夫すれば、多少なりとも生きやすさが増します。
これから生きやすいHSPを目指して工夫して生きていきます。
今日も読んでくれてありがとうございました。
pekicoでした。
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